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早春 大物ブリの食い気を誘え!

早春 大物ブリの食い気を誘え!

〈放送日〉2015年03月23日(月)19:00~19:29
〈放送局〉NHK BSプレミアム
〈番組名〉釣りびと万歳
〈番組タイトル〉早春 大物ブリの食い気を誘え! ~山田純大 山口・周防大島へ~

 山口県・周防大島近くの瀬戸内海で出世魚ブリを狙う。この辺りでは一年を通じてブリ釣りが楽しめるが、なかでも12月から春先にかけては、脂がのって味も格別によい“寒ブリ”の季節を迎える。しかし、この時期のブリは食い気が下がるため、難しい釣りとなる。時に40センチもの大型ジグ(金属製の疑似餌)を使い、ブリを誘う。今回は1メートルを超えることもあるという大物ブリに挑戦するが、果たして結果は?

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立花隆 次世代へのメッセージ ~わが原点の広島・長崎から~

立花隆 次世代へのメッセージ ~わが原点の広島・長崎から~

〈放送日〉2015年2月14日(土)23:00~23:59
〈放送局〉NHK教育
〈番組名〉ETV特集
〈番組タイトル〉立花隆 次世代へのメッセージ ~わが原点の広島・長崎から~

日本を代表するジャーナリストで評論家の立花隆さん(74歳)。実は、立花さんは原爆と深い関わりがあります。1940年、原爆投下の5年前に長崎で生まれ、20歳のときに被爆者の映画や写真を携えて半年間ヨーロッパを回り核兵器の廃絶を訴えました。
知の巨人と呼ばれ、これまで100冊以上の著作を世に問うてきた立花さんですが、原爆の問題を本格的に取り上げたことはありません。しかし、ガンや糖尿病など多くの病気を抱え、死を意識した今、核廃絶を夢見たあの若き日を振り返り、未来に何かを残したいと考えるようになりました。
さらに戦後70年を迎えた広島と長崎では、被爆者が次々と亡くなる中、被爆体験の記憶をどのように受け継いでいくのかという深刻な問題に直面しています。「被爆者なき時代」にどのように核廃絶の道を探るのか。立花さんは去年夏から、被爆地、広島・長崎を精力的に訪ねながら核廃絶の問題への思索を深めていきました。ヨーロッパで学生時代に大きな刺激を受けたカナダ人社会活動家との半世紀ぶりの再会。そしてことし1月、長崎大学で30人の学生を前に行った核廃絶についての初めての特別授業。立花さんは次世代を担う若者たちにどのようなメッセージを送ったのか。
みずからの原点に立ち返り未来を考えた半年間の密着の記録です。

〈撮影〉川本 学

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漆黒に宿るうまみ ウップルイノリ

漆黒に宿るうまみ ウップルイノリ

〈放送日〉2014年02月01日(日)6:15~6:49
〈放送局〉NHK 総合
〈番組名〉うまいッ!
〈番組タイトル〉漆黒に宿るうまみ ウップルイノリ ~島根・出雲市~

 主に日本海沿岸の岩場で育つ岩のりの一種「ウップルイノリ」。島根県出雲市十六島(ウップルイ)でとれるものが、特に質が良いことからその名がついたと言われる。磯の香りに加え、うまみ・甘みが強く、シャキシャキした歯ごたえも楽しめる。古くは奈良時代の「出雲国風土記」に記述があり、江戸時代には将軍にも献上された出雲を代表する海産物だ。冬、荒波洗う岩場で摘み取り、手作業で板のりに加工する生産者の情熱と技を紹介。うまみと歯ごたえの秘密に迫る。

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球春間近! ~こころの野球を探して~

球春間近! ~こころの野球を探して~

〈放送日〉2015年03月13日(金)19:30~20:43
〈放送局〉NHK総合
〈番組名〉ゆったりのんびり路線バスの旅 中国地方スペシャル
〈番組タイトル〉球春間近! ~こころの野球を探して~

 プロ野球開幕間近の中国地方を「野球」をテーマに旅します。2015年は、黒田投手の復帰、そして初優勝から40年目の節目ということもあり、盛り上がりをみせる広島カープ。中国地方にはカープの選手ゆかりの地も多く、プロ野球選手を目指す少年たちも練習を重ねながら、開幕の春を心待ちにしています。
 旅人は、その土地ならではの暮らしぶりを見つめながら、野球の思い出や夢をひとつひとつ拾い集め、マツダスタジアムを目指します。

〈中国地方向け〉

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目指せ“濃い”味!広島産レモンの挑戦

目指せ“濃い”味!広島産レモンの挑戦

〈放送日〉2014年12月14日(日)6:15~6:49
〈放送局〉NHK 総合
〈番組名〉うまいッ!
〈番組タイトル〉目指せ“濃い”味!広島産レモンの挑戦

果汁を絞れば料理を引き立てる、レモン。
国内シェアの半分を占める広島県。中でも尾道市瀬戸田町の生口島と高根島は”レモンアイランド”とも呼ばれる。瀬戸内は四季を通じて風が穏やかで雨が少なく、レモンの栽培に最適。しっかりとした酸味に加え、甘みからくるコクが特徴だ。その味をさらに濃くして、従来の絞って果汁を楽しむいわば脇役から、丸ごと”食べる”主役の食材へと押し上げる挑戦が始まっている。

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思い出をきざむ ~島の時計屋物語~

思い出をきざむ ~島の時計屋物語~

〈放送日〉2014年12月26日(金)15:12~16:00
〈放送局〉NHK 総合
〈番組名〉金曜スペシャル
〈番組タイトル〉思い出をきざむ ~島の時計屋物語~(再)

 瀬戸内海に浮かぶ広島県大崎下島に、全国から「壊れた時計」が集まってくる時計店がある。どれもメーカーさえ修理をあきらめた重傷の時計ばかりだ。店主の松浦さんは、200以上ある部品をすべて覚えながら分解し、壊れたところを修理して元に戻す。「ひとつひとつの時計に込められているのは思い出。思い出は使い捨てにできない」思い出深い時計を救う松浦さんを見つめる。<広島県向け>

<撮影>川本 学

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カフェ経営者 ~山里への移住 新しい故郷をつくりたい~

カフェ経営者 ~山里への移住 新しい故郷をつくりたい~

〈放送日〉2014年11月17日(月)19:25~19:50
〈放送局〉NHK 教育テレビ
〈番組名〉人生デザイン U-29
〈番組タイトル〉カフェ経営者 ~山里への移住 新しい故郷をつくりたい~

広島県広島市の中心部から車で1時間半。100人ほどが暮らす上多田地区は、そのほとんどが65歳以上という”限界集落”だ。そこで、カフェを営む青年が今回の主人公。東日本大震災の後、妻と福島県から移住してきた。カフェの自慢は、山里ならではのおいしい水で育った米や野菜をふんだんに使ったランチプレート。地元の人だけでなく、街からもお客さんが訪れる。
初めての土地に飛び込んで半年。慣れない農作業や山仕事に悪戦苦闘の連続だが、困った時には地域の人々が手を差し伸べてくれる。美味しい水や米だけではなく、地域を元気にしたいと願う人たち、新鮮な刺激と発見の連続、そんな毎日を過ごしている。
 山里に理想のライフスタイルを描き、歩み始めた青年の日々と胸のうちを見つめる。「田舎=財産」と語る青年の描く人生デザインとは?

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あわせが勝負!秋の大ヒラメ

あわせが勝負!秋の大ヒラメ

〈放送日〉2014年11月10日(月)19:00~19:30
〈放送局〉NHK BSプレミアム
〈番組名〉釣りびと万歳
〈番組タイトル〉あわせが勝負!秋の大ヒラメ ~武田修宏 山口・下関へ~

響灘に浮かぶ山口県の蓋井島(ふたおいじま)周辺で秋の大ヒラメを狙う。今回は、生きたアジを餌に使う方法で挑む。当たれば80センチ級も夢ではない秋のヒラメ。しかし、「ヒラメ40(秒)」と昔から釣り師の間で言われている通り、餌に食いついてから針が食い込むまで時間がかかるため、あわせるのが非常に難しい。釣りびと憧れの大ヒラメ、果たして釣り上げることはできるか!?元サッカー日本代表が挑む。

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立花隆 54年ぶりの再会 ~ヒロシマ・ナガサキから未来へ~

立花隆 54年ぶりの再会 ~ヒロシマ・ナガサキから未来へ~

〈放送日〉2014年10月24日(金)20:00~20:43
〈放送局〉NHK総合
〈番組名〉プライムS
〈番組タイトル〉立花隆 54年ぶりの再会 ~ヒロシマ・ナガサキから未来へ~

田中角栄から脳死、宇宙まで、徹底した取材に基づいて未知の世界を探求してきた知の巨人、立花隆さん。この夏、ジャーナリスト人生に最も大きな影響を受けたカナダ人男性と広島で54年ぶりの再会を果たした。原爆の脅威を訴えるため、20代でヨーロッパを回った際に出会った人物だ。当時、核廃絶という大きな目標を共有した仲間だったが、それ以来、疎遠になっていたという。被爆から70年になろうとする今、半世紀ぶりの再会などを通して、ヒロシマ・ナガサキの役割を改めて見つめ直した立花さんのメッセージを伝える。<中国地方向け>

<撮影>川本 学

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地方の時代映像祭 受賞

地方の時代映像祭 受賞

ETV特集で放送された番組「ガタロさんが描く町~清掃員画家のヒロシマ~」が、第34回地方の時代映像祭放送局部門優秀賞を受賞しました。

〈制作〉NHK広島放送局
〈番組名〉ETV特集
〈タイトル〉ガタロさんが描く町 ~清掃員画家のヒロシマ~

広島市中心部にある基町高層アパート。その一階に、モップや雑巾、軍手、長靴などの掃除道具と、ちびた鉛筆、消しゴム、クレヨンなどが並ぶ用務室がある。一人の清掃員の”アトリエ”だ。通称ガタロさん。基町アパート1階商店街の専属の清掃員として、30年間一人で掃除を続けてきた。毎朝、午前4時過ぎからの清掃作業が一段落すると、用務室で画家としての作業にとりかかる。ガタロさんが描く題材は、モップや長靴など、自分が日々使っている清掃用具。無骨だが力強く心に迫る線、油や汗の匂いが伝わってくる絵だ。
ガタロさんは、なぜ清掃用具を描くようになったのか。ガタロさんの実家は爆心地近くにあり、父親は被爆、祖父や多くの親戚は命を失った。若い頃は、365日、原爆ドームのスケッチを続けたという。やがて清掃員の仕事を始めたガタロさんがたどり着いたのが、清掃道具であった。「汚いモノをきれいにする清掃道具ほど美しいモノはない」というガタロさん。清掃員画家ガタロさんの絵と人生を見つめる。

〈撮影〉川本 学

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